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札幌高等裁判所 昭和26年(う)365号 判決

控訴人 札幌地方検察庁検事 佐藤哲雄

被告人 落合誠治 外二名

弁護人 井川伊平 外二名

検察官 木暮洋吉関与

主文

原判決を破棄する。

本件を札幌地方裁判所に差し戻す。

理由

検察官古谷菊治の控訴趣意は別紙の通りである。

控訴趣意第一点について。

被告人落合誠治に対する本件公訴事実は「被告人落合は電気通信事務官にして室蘭電気通信管理所長の職に在る国家公務員であるから政治的行為を禁じられているのに拘らず昭和二十五年四月二十四日北海道幌別郡登別温泉旅館第一滝本第八新館に於て、昭和二十五年六月四日施行の参議院議員選挙に全国区から立候補した元電気通信省次官鈴木恭一から同人の選挙運動資金として使用せしめるため嬉野猷次の手を通じて現金三万円の交付を受けるや、同月二十五日午前九時半頃北海道特定局長協会総会開催中の札幌市南大通西一丁目豊平館に於て相被告人東条に対し同協会長である相被告人島崎をして右総会に列席中の富田一郎外二十数名の特定局長等に饗応して鈴木恭一候補に投票を獲得せしめんため、その資金として右島崎に手渡方を依頼の上現金五万円を手交し以て政治的行為をしたものである」というのであつて右は国家公務員法第百二条に違反し同法第百十条の罰則を適用すべきであるとして起訴せられたものである。ところが原審は国家公務員法第百二条第一項の規定による人事院規則一四-七第六項所定の行為は同規則一四-七第五項に列挙せられた政治的目的意思を欠く場合は犯罪の成立を阻却するもので被告人落合の右所為は右規則一四-七第五項第一号所定の選挙に於て特定の候補者を支持するという政治的目的を以てした同規則一四-七第六項の第一号乃至第三号に該当する政治的行為であるかの如き外観を呈するけれども右規則一四-七第五項第一号に「特定の候補者を支持し又はこれに反対すること」とある「特定の候補者」とは成規の手続に従い候補者の届出がなされ候補者として法的資格を有するに至つたものをいうのであるからその届出前に於ては未だ右規則の条項に所謂候補者ではない。従つて右公選の選挙に際し届出前の特定の立候補を支持したとしても政治的目的があつたということは出来ないと解すべきであるとし右鈴木恭一が昭和二十五年六月四日施行の参議院議員選挙に立候補した日は同年五月四日であり被告人落合は右立候補届出前の同年四月二十四日から二十五日の間に公訴事実掲記の趣旨の現金を授受したものであるからそれは右人事院規則に所謂特定の候補者に関しないものであり従つて政治的目的を欠き国家公務員法第百二条に違反しないとの理由で同被告人に対し無罪の言渡をしたことは検察官の指摘するとおりである。而して国家公務員法第百二条により国家公務員の政治的行為を禁止又は制限した所以のものは国家公務員は国民全体の奉仕者であつて一部の奉仕者ではないという公務員の本質上その中立性を維持せんとするに在るのであるから同条による人事院規則一七-四第五項第一号の「特定の候補者」とは立候補の届出をした候補者のみならずまだ立候補の届出はしないが立候補しようとする特定人をも包含する趣旨であると解するのが相当である。蓋し公務員が公選の選挙において特定人を候補者として支持しその者の為政治的行為をなすことはその特定人が立候補の届出をしたと否とに拘らず常に公務員の本質に反しその中立性を維持せんとする同条の精神に反するもので此の種の行為は立候補届出後のもののみを制限すべきであるという特別の事由はないからである。従つて原審は法令の解釈、適用を誤つたものでありその誤りが判決に影響を及ぼすことは明白であるから論旨は理由がある。

控訴趣意第二点の(1) について。

記録によると被告人東条及び同島崎に対し原審が無罪の言渡をした部分は

被告人東条は札幌市東郵便局所属の郵政事務官で 北海道特定局長会連合会並びに財団法人北海道特定局長協会の事務局長を兼務する者、被告人島崎は郵政事務官で芭露郵便局長をなし右連合会会長、同協会会長を兼務している者で何れも国家公務員として政治的行為を禁ぜられているにも拘らず

一、被告人東条は昭和二十五年四月二十五日午前九時半頃 前記豊平館に於て被告人落合から(同被告人に対する公訴事実記載の)右趣旨で被告人島崎に現金五万円の手渡方を依頼されるや 其の情を了知しながら之を受領し同日饗応の機会を逸した島崎から命ぜられて之を保管し 同日午後七時頃札幌市南七条西四丁目料亭元三筋こと和田テウ方に於て現金二万円を、同年五月中頃同市南一条西二丁目今井百貨店六階にある右協会事務所に於て現金一万五千円を夫々右島崎に対し 前記鈴木恭一に投票獲得する為の運動資金として手交し以て政治的行為をなし

二、被告人島崎は同年四月二十五日午前九時半頃右豊平館で 被告人落合より被告人東条を通じて前記趣旨で現金五万円を託せられたが同日饗応の機会を逸した為 東条をして之を保管せしめていたが同日これを右鈴木の投票獲得のための運動資金として使用する目的で右東条より同日午後七時頃右和田テウ方に於て現金二万円を、同年五月中頃右協会事務所に於て現金一万五千円を夫々受領し以て政治的行為をなし

たもので両名の右所為は一面国家公務員法第百二条、第百十条に該当すると共に 他面新法の公職選挙法第二百二十一条第一項第五号を適用すべき所為で包括一罪を構成する犯罪であるとして起訴せられた事実である。

而して原審は「被告人東条は右公訴事実記載の日時、場所において被告人落合から現金五万円を被告人島崎に手渡すべき旨の依頼を受けたが その際被告人東条は落合が当日前記豊平館において開催中の北海道特定局長協会総会に列席中の富田一郎外二十数名に対し自己の職務上の地位を利用して 前記鈴木恭一が昭和二十五年六月四日施行の参議院議員選挙に立候補したならばその投票方を勧誘する趣旨で饗応する為の資金として該金員を島崎に授与するものであるとの情を知り乍ら 右依頼に応じて現金五万円を預かり而して該金員は同年四月二十五日午後七時頃迄の間に被告人島崎に引渡し、只その依頼によつて同人の要求次第何時でもこれを手交返還するものとして保管していたものであること、同日は右饗応の機会を逸したので内金二万円を、其の後同年五月中頃要求により金一万五千円を夫々公訴事実記載の場所で島崎に手交した」という事実を認定した上被告人東条の国家公務員法違反の点につき次の如き理由によつて無罪の言渡をした。

(一)被告人東条が被告人落合からの依頼により 右現金五万円を預つた行為及び被告人島崎に対して内金二万円を手交した行為は何れも鈴木恭一が立候補した同年五月四日以前の行為であるから 被告人落合の行為が無罪であると同一の理由即ち人事院規則一四-七第五項第一号の特定の候補者を支持したことにならないので政治的目的を欠き罪とならない。

(二)島崎に現金一万五千円を手交したのは右鈴木が立候補の届出をした後ではあるが その時以前既に島崎に引渡し島崎の計算に帰属した預り金を返還したに過ぎないのであるから右金一万五千円の授受は人事院規則(一四-七第六項第四号)にいう金品を「与える」場合には該当しないものであり従つて人事院規則所定の政治的行為ではない。

(三)島崎に対し内金二万円と一万五千円とを現実に交付した時 夫々これを同人に授与したものであると仮定しても東条被告人の立場は落合被告人の行為を補助する従犯者の地位に比適するものであるところ 主犯者の地位に比適する落合は東条と島崎間に於て鈴木恭一の立候補後に金員の授与をなすことを予見したとの証拠はないから 落合被告人としては補助者たる東条被告人に依頼した時には犯意を構成する政治的目的かなかつたということになり 右金一万五千円を授与した行為については犯罪の責を負わしめる訳にはいかない。主犯者としての地位に比適する落合に刑事責任がない以上その補助者たる従犯者の地位に比適する東条のみが独立して 刑事責任を負うとするのは刑罰の権衡を保つことが出来ない訳で刑事責任の通念に反する。

(四)人事院規則の規定によれば政治資金を「与え」又は「支払う」ことの外これを「受領する」こと、「受領行為に干与する」ことをも処罰の対象としているが 被告人東条は被告人落合から依頼されて右現金を島崎に交付する立場にあつたものであるから依頼した落合の行為に干与したとは言えるが 金銭授受につき受働的立場にある島崎の受領行為に干与したものではない。と解すべきである。 尤も右金五万円を受領するに当り被告人東条に其の保管方を依頼はしたがそれは受領後のことであるから受領行為完了後における保管行為に干与したに過ぎない。

更に被告人東条に対する公職選挙法違反の点については次の如き理由により無罪の言渡をした。

(1)公職選挙法は昭和二十五年五月一日施行せられたのであるが 旧法時に生じた事項については何等経過的規定がないから公職選挙法施行前の選挙罰則違反行為は同法は勿論、同法によつて廃止せられた旧選挙法によつても処罰出来ない、従つて公職選挙法施行前である昭和二十五年四月二十五日に金銭を授受した点は処罰し得ない。

(2)同法施行後島崎との間に於て金一万五千円を授受した点は(イ)島崎の依頼により保管していた金銭を同人に返還したものであるから公職選挙法第二百二十一条第一項第五号の「交付一の観念には当てはまらない。 (ロ)しかのみならず同条第一項第一号乃至第四号所定の行為をさせる目的があつたことは認められない。

よつて先ず国家公務員法違反の点について事実認定の当否につき調査するに 検察官に対する嬉野猷次の各供述調書、同被告人落合誠治の第六回供述調書、同被告人東条謙次郎の第四回乃至第七回供述調書、同被告人島崎卯一の第二回供述調書等によると判示の現金五万円は東条が落合から交付を受けた日の四月二十五日午後七時頃迄の間に 島崎に引渡したものではなく同日札幌市の料亭元三筋で内金二万円を、 同年五月中頃同市の丸井百貨店内にある右協会事務所で内金一万五千円を夫々島崎に引渡したことが認められるのであつて 是等の証拠から見て東条は落合から受取つた判示金五万円を即日午後七時頃迄の間に島崎に引渡し、 改めて島崎の依頼により同人の要求次第手交返還することにしてこれを保管していたもので同日金二万円、五月中旬頃金一万五千円を夫々島崎に手交したのは保管金を返還したものであると認定するには 記録上証拠が不充分である。従つて原審の右事実認定は事実を誤認したものと断ぜざるを得ない。而して原審が右金一万五千円を島崎に交付した行為を無罪とした(二)の理由及び(三)の後半の理由は原審が誤認した右の事実を前提としているのであるから 原判決には判決に影響を及ぼすことが明かな事実誤認があると言わなければならない。

次に(一)及び(三)の理由は法令の解釈、適用を誤つたものでその誤が判決に影響を及ぼすことは 控訴趣意第一点について説明した通りである。

更に(四)の前半の理由について考えて見ると政治的目的を以て金銭を受領する者が受働的立場に在り 且つその受領者から依頼を受けなかつたとしても該金銭授受に干与する行為は 人事院規則一四-七第六項第三号所定の金銭受領行為に干与した場合に該当することは「何等の方法を以てするを問はず その受領行為に干与すること」を禁止している右規定の精神上疑のないところであるから原審はこの点に於ても法令の解釈を誤り判決に影響を及ぼすことが 明かな法令適用の誤りを犯したことになる。

公職選挙法違反の点に関する無罪理由の(2) (イ)は前記の如く金五万円は東条が一旦島崎に引渡し更に改めて島崎の為これを保管していたもので島崎に交付した一万五千円は その保管金を返還したに過ぎないという原審が認定した事実を前提とするものであるから結局判決に影響を及ぼすことが明かな事実誤認があることに帰することは前の説明から了解出来ると思う。

又検察官に対する嬉野猷次の第一回乃至第三回供述調書、 同落合誠治の第六回供述調書、同東条謙次郎の第二回、第四回乃至第七回供述調書によると東条が島崎に渡した現金一万五千円は鈴木恭一の為投票獲得の運動資金として渡したもので 公職選挙法第二百二十一条第一項第一号に掲げる行為をさせる目的を以て交付したことが肯認出来るから(2) (ロ)の理由により無罪としたのは判決に影響を及ぼすことが明白な事実誤認があると言わなければならない。次に公職選挙法違反の点に関する無罪理由の(1) についてであるが公職選挙法施行に伴う経過規定は「公職選挙法の施行及びこれに伴う関係法令の整理等に関する法律」に規定せられているのであつて 公職選挙法施行前に行われた参議院議員の選挙に関してした行為に対する罰則の適用についてはなお従前の例により 旧参議院議員選挙法の罰則並びに同法第八十七条により準用せられる旧衆議院議員選挙法の罰則を適用すべきものであることは右「関係法令の整理等に関する法律」第二十五条の規定上明白であるから(1) の理由により五万円及び二万円を授受した行為は罪とならないとした原審は この点に於ても亦判決に影響を及ぼすことが明白な法令適用の誤を犯したものである。

控訴趣意第二点の(2) について。

被告人島崎に対する無罪の理由は原審が認定した前記の事実を前提とし(一)国家公務員法違反の点につき(イ)同人が被告人東条から金二万円の交付を受けたのは鈴木恭一の立候補前であるから政治的目的を欠く。 又(ロ)金一万五千円の交付を受けたのは東条に保管せしめていた五万円の内金の返還を受けたに過ぎないものであり 右五万円は鈴木恭一立候補前の四月二十五日に受領したのであるから政治的目的を欠く。というのであり (ニ)公職選挙法違反の点についての無罪理由は右の外被告人東条に対する無罪理由を引用しているのである。然しながら原審が叙上の理由により被告人島崎に対し無罪の言渡したのは判決に影響を及ぼすことが明白な事実誤認及び法令適用の誤を犯したものであることは 控訴趣意第一点及び第二点のに(1) 対する判断に於て説明した通りである。

なお被告人島崎に対する本件公訴事実中原審が有罪と認定処断した行為と同被告人の無罪とされた行為とは 併合罪の関係にあるので もし無罪とされた行為につき有罪と認定されるものとすれば同被告人は全部の行為につき併合罪として処断せられる関係にある訳でありこの点に於て原判決の有罪部分も亦破棄を免れない。

よつて刑事訴訟法第三百九十七条により原判決全部を破棄し同法第四百条本文により本件を原裁判所に差し戻すことにし主文の通り判決する。

(裁判長判事 西田賢次郎 判事 百村五郎左衛門 判事 東徹)

検察官の控訴趣意

原判決は判決に影響を及ぼすこと明かな法律の解釈の誤りと事実の誤認乃至理由のくいちがいがあるので破毀さるべきである。

第一、被告人落合誠治に関して

一、被告人落合に関する無罪理由の骨子は饗応接待費用として被告人東条に五万円を交付したのは同人が支持した鈴木恭一が昭和二十五年六月四日施行された参議院議員選挙に立候補の届出をした同年五月四日以前である同年四月二十五日の行為であるから、人事院規則に謂う所の「特定の候補者」を支持した事にならぬというのであるが右の「特定の候補者」の解釈をなすにあたつては国家公務員法が公務員に政治的行為を禁止した立法趣旨に則つて合目的に解釈さるべきで、法令の文字や形式に拘泥すべきではない。

そもそも公務員に政治的行為を禁じた所以のものは所謂公僕として国民全体に奉仕すべき公務員が、国民の中の特殊の意見や利害を代表し主張するところの政党(政治団体)や特定の人に対して他の一般国民と全く同じ様な積極的関係に立つことを制限されざるを得ない公務員の性質から来る当然の帰結で之は公務員が憲法に保障された所謂争議権等を制限せられた(同法附則第十六条、同法第九十八条)のと同じ趣旨によるものであることは云う迄もない。殊に公務員は強大なる国家権限を背景にし之を行使する権能を有するところから選挙運動を放任されるならば之を利用することによつて著しく選挙の帰趨を左右し得られる地位にあり、選挙の公正を害する恐れが多分にあるので、之が一党一派に偏することなく公平誠実に国民全体に奉仕する様「公選による公職の選挙に於て特定の候補者を支持し又は反対すること」を禁じたのは已むを得ない、当然の措置といわなければならないのであつて、而もその之を禁ずる趣旨及び必要は立候補届出の前後によつて些かも逕庭はない筈である。換言すれば法規に「特定の候補者」とあるから、届出のあつた候補者のみを支持する(又は反対する)ことを禁じた趣旨であつて、届出前の者を支持すること、即ち所謂「事前運動」おかまいなしというが如きは意味をなさない。あまりにも文字の形にとらわれた誤つた法令の解釈である。

買収等の選挙犯の成立時期につき選挙期日の公示又は告示又は立候補届出の前後等を問わない旨の判例は又右の国家公務員法に於ても之を異にすべき理由なきのみならず、又旧衆議院議員選挙法第百十三条、新公職選挙法第二百二十三条に「公職の候補者たること」若しくは「公職の候補者となろうとすること」と規定し「議員候補者」と併せて「議員候補者たらんとする者」とを区別しているけれども「これは同法所定の行為の客体を制限する必要に出でたものであつて之を採用して買収事犯等の主体を特に(届出済の)議員候補者又は同人の為めにする第三者に限らず議員候補者たらんとする者を除外すべき理由なきや明である」(大審、昭九、五、二四、判決刑集一三巻、六六六頁)との論旨は、第三者が届出済の議員候補者の為めに右買収等の事犯を犯す場合のみならず「議員候補者たらんとする者」の為めに右事犯を行う場合についてもその理論を異にすべき理由は見出せないのである。即ち公務員法に所謂「特定の候補者」とは届出済の候補者は勿論「議員候補者たらんとする者」を包含する常識的な用語法に従つたもので、かように解したからと言つて「無暗に拡張解釈した」ものと言われないであろう。

第二、被告人東条謙次郎及び島崎卯一に関して

(1) 被告人東条に関して

(一)被告人東条の所為中、同人が被告人落合から現金五万円の交付をうけてその中現金二万円を被告人島崎に手交したことはいずれも右鈴木が立候補した昭和二十五年五月四日以前の日、即ち同年四月二十五日になされた所為であるから国家公務員法について之を考える時は落合についてと同様「特定の候補者」を支持したものではないから、これらの所為が「法の規定するところよりしてその真向から違反としての体をなさない」との論旨については そのあまりにも文字の末に拘泥した誤れる解釈と言わざるを得ないこと右に述べた通りである。然し被告人東条から同島崎に対して前後に手交した現金一万五千円に関する所為についてはその手交月日、既に鈴木恭一の立候補の届出後たる同年五月中頃である為め之を救わんとして判決の如き苦心の理論構成が案出せられたものと思料せられるのであるが之も次の如き理由で法令の解釈を誤つたものであるといわざるを得ない、即ち先す第一に東条が被告人島崎に現金一万五千円を交付したのは「既に「被告人島崎の計算に帰属したとみられる所の預り金を返還したというに過ぎない」所の、東条に「経済的帰属そのものの移動をもたらすこと」のない機械的な、いはば「単純に当該金員の占有」を移転」する場合にひとしく人事院規則に言う所の「与え」又は「支払う」たる字句の概念に該当しないというのであるが、被告人落合が東条に五万円を交付したのは「今日の局長会の宴会費にでも使つてくれと言つて渡したのが本当であり 右の宴会は東条は落合が前に衆議院議員に立候補した当時私の為めに働いてくれた、いわば選挙通でありますから島崎会長に渡す趣旨ではなく 東条に渡せば同人が然る可くやつてくれるものと思つて同人に渡した」(記録三九四丁、三九五丁、落合の検察官に対する第六回供述調書記載)のであつて東条の立場は決して「本人対占有代理人間の占有移転とひとしい」機械的なそれではなかつたのである 百歩をゆづつて右金員が直接被告人島崎の経済的計算に帰属するものであつたにせよ、その事務局長というポストからして若し島崎が落合の意図通り宴会を開いたとしたら之が御膳立てをしたのは被告人東条であり東条以外にないであろうことを考えるなら、同人の右金員の授受は決して機械的行為、若しくは「受領行為終了後における金銭の保管行為」に過ぎないものと称すべきでない。又起訴金員のすべての接受は落合より東条に五万円を手交した同年四月二十五日に実質上終了したもので それ以後の金員の(東条島崎間の)受け渡しはすべて、之が履行に過ぎないのであつて「授受」そのもの即ち「与え」「支払」「受領」又は「なんらの方法をもつてするを問わずこれらの行為に関与すること」(東条が関与したのは落合の行為についてであつて島崎の「受領行為」に関与したものではないという論旨の誤りについては多くをいわずして明であろう)でないというが如きは又あまりにも技巧に走つて実体を見失つた解釈である。 殊に主犯としての地位にある落合が刑事上の責任がないのに補助的立場にすぎない東条が独立してその責ありとなすことは刑罰の権衡を得ないとの論旨は落合にして叙上の刑責ありとする以上情状の問題に過ぎない。要するに以上いづれの見地に立つても被告人東条の本件所為が特定の候補者(又は候補者たろうとした者である)鈴木恭一を支持するための金銭を「与え」若しくは「受領し」又は「なんらの方法を以てするを問わず、これらの行為に関与した」ものでないとの論旨はとることを得ない。

(二)次に公職選挙法について之を見るに之が施行前たる昭和二十五年五月一日以前の行為については 判決論旨に対し敢て異論を差しはさむものではないが少くとも同年五月中旬の東条、島崎両被告人間の現金一万五千円の授受が 同法第二百二十一条第一項第五号に言う「交付」の観念にあてはまらぬというが如きは結局するところ、主犯的地位にある落合の刑責を問わないとした為め刑罰の権衡を保ち、被告人東条及び島崎を救わんとして案出された苦心の概念構成であること右に述べた通りである。尚之が「何人に対して饗応接待をなさんとしたのであるか」或は又「選挙運動をしたことの報酬として授受したものであるか」などその目的が不明であると言うが、そもそも之が四月二十五日「特定局長会の宴会費にでも使」つてもらう為め、即ち投票獲得を依頼する為の饗応接待をなさんとする目的で交付されたものであるところ(前掲落合の供述)「会場の空気は会長の意に同して鈴木さんに非でありましたから此の金を局長会で使う気になれなかつたので」(東条の検察官に対する第四回供述調書、記録四二九丁)その後、合計「三万五千円を何かに費つてしまつた」(同右第五回調書、記録四三六丁)のであるが右に「何か」とは勿論「資産を十分持つて」いる島崎の事であり、現に鈴木のため名剌を作成頒布した島崎であるから「選挙通」である東条が同人に対し投票獲得の為めその資金として交付したものであることは言う迄もない。「宴会費にでも」とは「宴会費」に限定されるの意味でなく、要は投票獲得の運動資金であるから一然る可くやつて」もらうつもりで東条も島崎に渡したものであること明で、従つてその趣旨が不明であるというのは事実を誤認したものと言うべきである。(この点島崎は落合に返すつもりで、あづかつていたと全面的に趣旨を否認しているが同一理由即ち、「資産を十分に持つているので三万五千円の金を費つていなければすぐ東条にでもよこせる筈で」あるのに、選挙後約一ケ月に至るも之を知さなかつた事実、名剌を作成頒布した事実等からして島崎に於ても右金員が選挙に関する、即ち投票獲得の為めの運動資金であることを十分承知し、且その目的に使用する為め受領したものであること、一件記録によつて十分推認せられる所である)

(2) 被告人島崎について

右被告人に関して判決が法律解釈を誤り事実と誤認している所は被告人東条に関して述べた所がそのまま引用し得るので特に反復しない。唯一言、重ねていうなら島崎の金員受領行為は既に四月二十五日終了しその後の行為は「受領」そのものでなくその履行にすぎないというが如きは牽強附会の感を免れない概念構成であること明である。

第三、以上述べ来つた所により本件第一審判決は右被告人等三名について いづれも判決に影響を及ぼすべき法令解釈の誤り及事実誤認乃至理由のくいちがいがあるので破棄を免れないものと思料する。

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